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【伊那市記事】未来を信じ、多くの人々の夢を応援する 伊那の農家民宿「蔵の宿 みらい塾」
2012.05.19 更新

左から今回同行していただいた伊那市役所職員・唐澤直樹さん、
市ノ羽幸子さん、「DoChubu」取材班小穴久仁。

南アルプス山麓の村、長谷

(左)南アルプス山麓の村、伊那市長谷。国道152号(通称「秋葉街道」)沿いにあり、
美和ダムによってせきとめられた美和湖が青々とした水をたたえている。
(右)樹齢約400年という桑田薬師堂のしだれ桜。田んぼの中にぽつんと一本立つ姿はなんとなく寂しげ。

蔵の入り口にかけられた「みらい塾」の看板。

伊那市長谷は甲斐駒、仙丈といった南アルプス連山と伊那山地の狭間にあり、
その昔は上伊那郡長谷村と呼ばれていました。
伊那の市街地から国道361号を高遠方面へ、
さらには秋葉街道を三峰(みぶ)川に沿って上流へとさかのぼります。
 取材当日はあいにくの曇り空、時々雨が落ちてくる不安定な天気でしたが、
高遠城址公園の桜もまだまだ見ごろ、
道すがら点在している妖艶な枝垂れ桜を愛でながら「蔵の宿 みらい塾」に到着。
約500本のバラが植えられているというバラ園の小径を抜けて、
「みらい塾」と書かれた木の看板がかかる母屋のサンルームへ。
間仕切りを取り払った広い室内には、アルストロメリアの花が束になっていくつもの花鉢に飾られ、
“おかみさん”である市ノ羽幸子(いちのは ゆきこ)さんが忙しく立ち働いていました。

牛を連れて来た花嫁

とても表情豊かな幸子さん。話しているだけで元気をもらえる。

 伊那市御園で酪農家の長女として生まれた幸子さんが、長谷村の市ノ羽家に嫁いだのは21歳のとき。
「市役所で電話の交換手をしていたのだけれど、
実家が酪農家だったので嫁ぎ先でもどうしても牛が飼いたくってね。
雄牛1頭を連れて嫁に来たんだよ」と笑う幸子さん。
心の底から農業や酪農が大好きな花嫁でした。
「1頭だった牛を50頭に増やし、それだけではもったいないのでサヤエンドウを3反6畝(36r)作りました。
そのうち今度は冬場の現金収入が欲しくなってシイタケを1万本作ったの。
ここの駐車場は全部シイタケのホダ場だったのよ。米も8反ぐらい作ったわ」
ところが当時の長谷村は稲の単作地帯で、新しいことにはなかなか取り組もうとしない保守的な土地柄。
革新的な幸子さんの行動に村人たちはとまどいをおぼえ、時にはけむたがられたこともあったようです。
昭和59年にはお姑さんが脳梗塞で倒れ、介護生活に……しかし、幸子さんは負けませんでした。
「人生は一度きりしかないし、いろいろな体験はすべて自分のためにあるんだな、
無駄なことは一つもないなんだなと思って、後ろ向きに考えることはしなかった。
辛くてもこれをやれば一人前の人間になれるんだって……
周りに手を差しのべてくれる人がいっぱいいたのもありがたいことでした」
 長谷村での女性の地位向上や経済的自立を促すために、農家の嫁としてただ働きではなく、
自分名義の通帳を持つことをすすめたのも幸子さんでした。

アルストロメリアに託した「未来へのあこがれ」

アルストロメリアの温室。日本でもトップクラスの品質を誇る。
「大切なのは土づくりから」というのが市ノ羽夫妻のモットー。

 平成元年、農協の技術員だったご主人が45歳で退職。
幸子さんはそれまでの事業をきっぱりとやめ、夫婦でアルストロメリアの栽培を始めることに。
標高の高い伊那谷で生産されるアルストロメリアは
早期出荷が期待されることもあって高い市場評価を受けていますが、
なかでも市ノ羽家のアルストロメリアは完全無化学肥料で栽培。
土にまったくストレスを与えていないため、
花もちが大変良くて使いまわしができるという点で右に出るものはありません。 
「平成7年から10年間、自宅や敷地、ビニールハウスを開放して、
アルストロメリアの花狩りを中心にしたイベントを行っていました。
1日に1000人~1200人ぐらい来場される日もありましたね。そうしたらあるとき、
その中の一人が『こんな所で何も考えないで休めたらいいね』と言われたの。『これだ!』と思ったわ」
 農家民宿をやろうと思い立った幸子さんは、
すぐに下伊那郡大鹿村で民宿を営む伊東和美さんを訪ねます。
「伊東さんは日本におけるグリーンツーリズムの草分けのような存在。
『市ノ羽さんとこ蔵があるなら、蔵の民宿でもいいんじゃない?』とアドバイスされ、
さっそく物置になっていた蔵をかたづけて開業の準備を始めたんです」
 こうして平成9年、「蔵の宿 みらい塾」がオープン。
名前はアルストロメリアの花言葉「未来へのあこがれ」に由来します。

台湾との交流を深め、地元の若い衆を支援

いろりの切られた母屋でおもてなしの支度をする幸子さん。Photo by Shikiko Ishizone

(左)右側が「山ぼうし」左側が「夢ゆり草」。「夢ゆり草」はアルストロメリアの和名。
「山ぼうし」の1Fには自炊用のキッチンがついている。
(右)「山ぼうし」の居間。明治の錦絵が飾られており、和風で落ち着いた雰囲気。

(左)「夢ゆり草」の居間はシックな洋風。
(右)蔵の上部に描かれた「龍」の字は魔除け。

「蔵の宿 みらい塾」のサンルーム。ガラス張りの窓からはよく手入れされた庭が見える。

 農家民宿を始め、宿泊者から「よかったよ」と言ってもらえることで、
幸子さんもご主人の晧さんも気持ちにハリが出て、より元気になったと言います。
めんどうみがよく、人をもてなすことにかけては手間を惜しまない幸子さんは、
19年「農林漁家民宿おかあさん100選」の一人に選ばれました。
それが縁で、昨秋台湾からグリーンツーリズムの先進地域視察団が訪れ、草の根交流が始まったのです。
「高遠出身で東京芸術大学初代学長の伊沢修二とその弟で後に台湾第十代総督となった伊沢多喜男は、
台湾の教育の礎を築いた人物として今も台湾の人々の尊敬を集めていますが、
日本ではほとんど知られていません。
観光交流を通してそうしたことも地元の人々に伝えていきたいですね」と、幸子さんは目を輝かせます。
「蔵の宿 みらい塾」のすばらしさは築130年の蔵に“宿泊施設”という新たな生命を吹き込んだこと、
そして何より、訪れる人々を区別なく“ファミリー”として受け入れるおおらかさ、
あたたかさではないでしょうか。
「これから私は黒子になって、がんばってる地元の若い衆を応援したい」と語る幸子さん。
帰りがけ、ご主人の晧さんと共に食卓を囲む、
マウンテンバイクビルダーの若者や地元紙の記者などの姿がありました。
薄れつつある人と人との確かな絆を求めて、
今年も多くの人々が「蔵の宿 みらい塾」を訪れることでしょう。
庭のバラたちはまもなく見ごろを迎えます。

「みらい塾」の庭を彩るバラたち。
オープンガーデンなので、見学は自由。500本のバラが出迎えてくれる。
Photo by Shikiko Ishizone

編集員のココがオススメ!

パワフルで何事にも前向きな市ノ羽幸子さんは女性としても大変魅力的。また次のステップに移るとき、前の事業をきっぱりとやめてしまう思い切りの良さ、切り替えの早さもすばらしい。お話をしているだけで、元気を分けてもらいました。フルーツファンタジーで煮含めたリンゴのコンポートや長芋のデザートも、幸子さんならではのひとひねりした逸品。空いていればお一人でも宿泊OKです。

(松島頼子)

 

幸子さん特製のフルーツファンタジーで煮含めたリンゴのコンポート。
香りもよく、色も鮮やかで、とてもおいしい。

施設情報

施設名 蔵の宿 みらい塾
住所 長野県伊那市長谷黒河内1038
TEL/FAX TEL:0265-98-2168
E-mail miraijuku1038@yahoo.co.jp
URL 蔵の宿 みらい塾

2012年4月26日現在の情報になります。
 



 

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